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zoom RSS 中禅寺湖畔、外国人物語。

<<   作成日時 : 2017/06/18 08:46   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 12

昨日は日光学の講座があった。 中禅寺湖畔は明治以降、大使館を中心にして

夏の別荘地として多くの外国人が来た。 奥日光の住民と外国人の物語を聞いた。

 

ドイツ人女医ベッカさんが中禅寺に住み始めたのは昭和14年だった。

多くのドイツ人は竜頭の滝の近くに別荘を建て固まって住んでいたが

横浜の貿易商の夫と共に日本人地区に家を建てた。

ご主人は1か月ほど、住むと横浜に仕事に帰ったがベッカさんはずっと中禅寺に住んだ。

 

彼女は医者、日本人も外国人の患者も診たが日本人には

お金を取らなかった、住民はその代り、野菜、果物、その他日常品を彼女に届けた。

診察は午前中だけ、午後は子供の様に大切にしていたスコッチテリヤ二匹の散歩。

 

通いのお手伝いさんが知る彼女は、ドイツ女性らしく

質素堅実で合理的で無駄なことを嫌う人で、清潔好きだったという。

散歩で知り合う住民には夫からの珍しいものをプレゼントしたり、花を見にきたり

とても友好的な人だったという。

 

戦後、占領軍が日光にきた、 マッカーサーが彼女に国外追放を命じたと噂になった。

事実だった、一次大戦で貧しい中で育った彼女はナチスの政策に心酔していたし、

夫も日本国内でナチスドイツに協力していたという。

トランクひとつだけの彼女を大勢の中禅寺住民が見送りをした。

子供同様にかわいがっていた2匹の犬も、住民に託したが、ついになつかなかったという。

 

やっとドイツ渡航ができるようになり、地域出身の県会議員が彼女のふるさとハンブルグを訪ねたが

もう、亡くなられていた、 いつも日本の思い出を知人に話していたという。

 

三人の物語を聞いたが、感動的なベッカさんの話を載せた。

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コメント(12件)

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ドイツ人の女医ベッカさんのお話はいいですね。またそれをお伝えし続ける地元民にも感動します。ナチスと米国は敵対関係で当時は当然かもしれませんね。戦後の日本に対する米軍もいろいろ難題ほじくり返しましたから。ただベッカさんが訪問したとき亡くなっていたことは悔やまれますね。いいお話を朝からありがとうございます。
ノンキーハイカーズ
2017/06/18 09:23
ナチスに共感しながら夕食人の日本人には好意を持って接した。ちょっと中途半端な感じですが、いいお話ですね。
40年前テネシーにいたころ、滞在先の家庭から黒人には話しかけないよう、相手にしないよう厳重注意されていました。日本人以外はアジア人でもinferior people扱いでした。ベッカさん物語から過去を思い出しました。
nibari1498
2017/06/18 09:25
コメントありがとうございます。 ノンキーさん
 地元の人しか知らない、切ないお話でした。 後はフランス大使館の職員で新種のコオロギを発見した人で、昆虫採集が大好きで子供たちの人気者だったとか、あとはあのアーネストサトウのエピソードでした。
What's up?
2017/06/18 11:34
コメントありがとうございます。 nibari1498さん
 地元民に溶け込んだドイツの女性の話で、差別とかそういうことの話はありせんでした。その後、一度だけ皆さんへのお礼ということで大量の犬の写真の入ったカレンダーを送って来たそうです。 日本に残した愛犬を思い出していたのでしょうね。
What's up?
2017/06/18 11:40
日光は避暑地として古くから外国の人が住んでいたようですね。今も外国人の別荘があるのでしょうか?
jisei
2017/06/18 15:13
コメントありがとうございます。 jiseiさん
 個人の別荘はわかりませんが、大使館の別荘としていまでも使われているのはベルギーとフランス大使館の別荘ですね。 治外法権ですので、日本の警察、法律は通用しないですね。例えば火事になっても、許可なく放水や内部に入ったら、フランスやベルギーの法律で罰せられます。
What's up?
2017/06/18 17:11
日光(中禅寺湖)周辺の別荘地で、終戦前後にそのようなエピソードが展開されていたのですか。心が癒される素晴らしいお話ですね。
ドイツ側にはこのエピソードが伝わっているのでしょうか。単なる美談で済ませるのはもったいないお話だと思います。日独親善のシンボルとして、両国の間で共有してもらいたいと思いますね。
あきさん
2017/06/18 17:34
コメントありがとうございます。 あきさん
 地元の人しか知らない話で多分参加者全員は初めてだと思います。講師のひとは酒屋のご主人で中禅寺の歴史や写真を集めている人で聞き取り調査など、地道な活動をされている方です。でもすごいことですよね。
What's up?
2017/06/18 19:47
>夏の別荘地として多くの外国人が来た
は、知っていましたが
>マッカーサーが彼女に国外追放を命じた
ドイツ人女医ベッカさんの話、心打たれますね
ナチスに心酔していたというが、日本国民も鬼畜米兵で・憲兵など
これが、愛国心だったわけで
もうヘトヘト
2017/06/20 12:22
コメントありがとうございます。 ヘトさん
 夏の中禅寺湖畔は涼しくて、外国の人には最高の避暑地だったと思います。しかし通年ここで過ごすのは大変で、冬はマイナス20℃くらいの氷の世界です。 そこに一人(旦那様も時々来たようですが)で済むにはやはり住民と仲良くなることが必要だったのでしょう。そして故郷の気候に似ていたのかも?
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2017/06/20 13:18
すごく良いお話をありがとうございます。ジンとしますね。地元の日本人たち・・・ほとんどが農家の人たちだったのでしょうが、お金をとらずに見てもらえる女医さんとして、皆さんもこの女医さんを大切になさったことでしょう。暖かい交流ですね。帰国後の生活はどうだったのでしょうね。ドイツも敗戦国ですから食料不足や物不足の生活だったと思います。幸せな最期であればと願いますが。
arara
2017/06/21 00:59
コメントありがとうございます。 araraさん
 今でこそ、外国人は珍しくなくなりましたが、明治以降中禅寺湖畔は外国人が沢山訪れました。そこにこんな物語が生まれたのでしょうね。 ドイツでの生活の話はなかったですが、ふるさとの写真は見ました、きれいな所でしたね。
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2017/06/21 09:05

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中禅寺湖畔、外国人物語。 What's up?/BIGLOBEウェブリブログ
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